習慣性顎関節脱臼に対する自己血注入療法
1.習慣性顎関節脱臼とは?
顎関節脱臼は下顎頭が正常な運動範囲を超えて転位し、関節窩から逸脱した状態のことをいいます。
前方に脱臼することが多く、日常生活の開口運動によって頻繁に脱臼をきたす状態を習慣性顎関節脱臼とよびます。
習慣性顎関節脱臼は、飲水や摂食を障害し、日常生活に著しく支障をきたす原因となります。
とくに、自己整復が困難な場合は、顎関節脱臼がおこったときの対処に苦労します。
2.習慣性顎関節脱臼の治療法
保存的療法としては、オトガイ帽の装着や顎間固定による開口制限があります。
外科的療法としては、顎関節結節部の前方障害形成術、関節結節削除術、口腔粘膜縫縮術などがありますが、
通常は全身麻酔下で行われるため、手術侵襲が大きくなります。
高齢者の場合、全身状態や年齢から全身麻酔による処置が困難であることも多く、手術侵襲の比較的低い治療法が望まれます。
3.顎関節腔内への自己血注入療法
習慣性顎関節脱臼に対する自己血注入療法は、関節腔内に採取した自分の静脈血を注入する方法で、
比較的古い歴史があります1)。
本治療法の脱臼抑制機序は正確には不明ですが、注入した血液が凝固して関節周囲に線維性組織の形成と瘢痕がおこることにより、
下顎頭の運動が制限されると考えられています。
本治療法は、関節腔局所への注射のみであり、全身的な侵襲が少なく、高齢者や有病者に対しても施行が可能です。
約80%の患者で再脱臼が生じなかったとの報告もあり2)、高い治療効果が期待できます。
参考文献
1) Shultz, V.S. : Dtsch Stomatol 23:94-98, 1973.
2) Daif, E.T. : Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol 109: 31-36, 2010.
【自己血注入の方法】
1.消毒
10%ポピドンヨードで顎関節周囲皮膚を消毒後、耳前部に浸潤麻酔を行う。
2.顎関節の穿刺・自己血注入
上関節腔に穿刺し、生理食塩水でパンピングを行い、刺入針を留置する。
関節腔の穿刺と同時に、肘正中皮静脈から静脈血を採取し、関節腔刺入部から自己血を3ml注入し、
さらに刺入針を1cmひいて関節包周囲に自己血を1ml注入する。
3.術後処置
術後はバンデージを装着して、開口制限を1週間行う。
定期的に外来で経過観察を行う。
【自己血注入療法の利点と欠点】
利点
1.切開などの必要がなく、侵襲が比較的低い。
2.繰り返し行うことが可能である。
3.比較的十分な脱臼抑制効果が期待できる。
欠点
1.正確な奏功機序が不明である。
2.長期的な予後を把握するために経過観察を必要とする。